大判例

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青森家庭裁判所 昭和46年(家)71号 審判

申立人 川村清次(仮名)

相手方 鈴木昌子(仮名)

事件本人 鈴木愛子(仮名) 昭四一・一二・四生

主文

事件本人鈴木愛子(昭和四一年一二月四日生)の親権者および監護者を相手方から申立人に変更する。

理由

1、申立人は、主文と同旨の審判を求め、申立の実情として述べるところは、次のとおりである。

「一、申立人と相手方とは、昭和三九年六月結婚式を挙げて同棲し、同年七月一七日婚姻の届出をして夫婦となり、同四一年一二月四日長女として事件本人をもうけた。

二、相手方は、同四三年申立人を相手方として離婚の調停を申し立て、これが不調となるや離婚訴訟(青森地方裁判所昭和四三年(タ)第一五号)を提起し、青森地方裁判所は、同四四年一二月二五日「原告と被告とを離婚する。原被告間の長女川村愛子(本件事件本人)の親権者及び監護者を原告と定める。」

旨の判決をなし、この判決は、同四五年一月二二日確定した。

三、これより前、相手方は、同四二年一〇月ころ申立人と事件本人を放置して申立人方より家出し、前記離婚訴訟の訴状によつてその住所地が判明した同四四年春ころまで申立人に対し自己の所在地を明らかにしなかつた。その後、相手方は、申立人を被告として、事件本人の引渡を求める訴訟(青森地方裁判所昭和四五年(タ)第八号)を提起し、第一審で敗訴後の同四五年八月二日午後八時ころ、相手方およびその兄姉その他申立入の見知らぬ者合計一〇数名が無断で申立人宅へ乱入し、申立人の父および妹に対し殴る蹴るの乱暴を働き、事件本人を連れ去ろうとしたので、近所の人々が騒ぎ、警察官も来て相手方らを屋外に退去させる、という事件を起こした。

四、申立人の家族構成は、申立人、父、妹と事件本人の四人家族で、申立人は、青森市○○町に所在の○○市場で生花、食料品を販売し、月々相当額の収入があり、経済的にも事件本人を十分に教育監護してゆけるばかりでなく、申立人の妹光子(昭和八年生れ)が独身者で、事件本人を実子のように可愛がり、その一切の面倒を見ているため、事件本人も光子を実母と思つて甘えている実情である。

他方、相手方は、前記のとおり、同四二年申立人方から家出して以来全然事件本人に接しておらず、親権者ないし監護者としての義務を全く果していない者であるうえに、青森○○署に勤務している関係上、昼間は休日を除いて在宅せず、たとえ事件本人を引き取つても、これを監護教育することができない事情にある。

五、よつて、事件本人の利益のため、主文と同旨の審判を求める。」

相手方が、本件について述べるところは、次のとおりである。

「一、相手方は、申立人の述べる離婚判決によつて、事件本人の親権者および監護者に定められ、事件本人を引取り養育することを念願しているのに、申立人は、ほしいままに事件本人を相手方に引渡すことをしない。そのため、

相手方は、申立人を相手どり、事件本人の引取りを求める調停を出し、さらに事件本人引渡請求訴訟を提起したのである。右調停事件(青森家庭裁判所昭和四五年(家)第四〇二号子の引渡調停事件)においては、調停委員会から申立人に対し事件本人を相手方に引き渡すよう勧告がなされたけれども、申立人はこれに応じなかつた。右訴訟事件(青森地方裁判所昭和四五年(タ)第二七号幼児引渡請求事件)では、原告である相手方勝訴の判決が確定し、申立人は、相手方に対し事件本人を引渡すべきことを判決で命じられているのに、右判決にもとづく強制執行にも応じない。

二、申立人が事件本人を親権者である相手方に引渡さないのは、事件本人に対する愛情によるのではなく、事件本人がいなくなると、申立人の家庭のまとまりがつかなくなるので、これを恐れていることによるのである。

三、申立人の住居は、マーケットの二階にあるため、幼児を育てる環境として好ましくない。申立人は、夜間外出して墓地に行く奇癖を有し、甚しくゆがんだ性格の持主であるから、事件本人も満足に育てることはできない。さらに申立人と同居している申立人の父は、肺結核にかかつているので、この点でも事件本人を申立人のもとで育てることは好ましくない。

他方、相手方は、過去(昭和二八、九年ころ)肋膜炎、腰椎カリエス様の病気になつたことはあるが、その後は健康で、青森○○署に勤めている。収入も事件本人を引き取つて養育していくのに十分なものがある。事件本人を引き取れば、兄鈴木良夫が昭和四三年六月青森市大字○○字○○に新築した居宅の二階の一室を借り受け、ここで事件本人と二人で暮らすつもりである。相手方が昼間勤務で不在の間は兄鈴木良夫の妻友子が事件本人の世話をしてくれることになつている。同人には九歳と三歳の女児二名があり、事件本人のよい遊び仲間となるとおもわれる。またすぐ近所には保育園もあるから、事件本人の生活環境は、申立人のもとと比較してはるかに良好である。」

2、よつて審案するに、川村清次および鈴木昌子の各戸籍謄本、右両名を当事者とする青森地方裁判所昭和四三年(タ)第一五号離婚請求事件および同裁判所昭和四三年(タ)第二七号幼児引渡請求事件の各判決謄本、右両名に対する審問の各結果、調査官井芹哲也作成の各調査報告書(昭和四五年一〇月二二日付および同四七年一二月二六日付のもの)、医師大高文雄作成の川村徳太郎に対する診断証明書、青森○○署長作成の相手方にかかる定期健康診断調表および勤務状況調査表を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(1)、申立人と相手方は、昭和三九年六月結婚式を挙げて同棲し、同年七月一七日婚姻の届出をして夫婦となり、同四〇年四月二〇日長男一郎をもうけ、同四一年五月一〇日その死亡にあい、同四一年一二月四日事件本人をもうけたところ、相手方は、同四二年一〇月申立人方を出て単身別居し、その後、申立人が申立の実情二において述べる離婚の判決が確定したこと

(2)、右相手方の別居および離婚訴訟提起の原因となつた事情は、申立人が相手方との結婚当初のころから、毎週一、二回夜間外出し、時にはこれが午前三時ころまでになり、時期も四月末ころから一一月初めころまでにわたり、しかも行先が青森市民の共同基地である青森市○○霊園方面であつたため、相手方は、右申立人の行動に不審を抱き、申立人に問い質すほか手段を尽して右外出の行先や目的を明らかにしようとしたのに対し、申立人は、相手方が納得できる回答をせず、かえつてその疑惑を深めるような言動に出ることがあつたところから、相手方は、申立人に対し、他に格別の不満を抱くところはなかつたけれども、上記の事情により申立人に対する夫婦としての信頼感情を失なつたことにあつたこと

(3)、相手方を原告とし、申立人を被告とする前記離婚訴訟においては、ほぼ上記(2)のような事情が認定され、これが民法七七〇条一項五号の要件をみたすものとして、離婚の判決をみたところ、右判決において、事件本人の親権者および監護者が相手方と定められた理由として、「愛子は昭和四二年一〇月頃から現在に至るまで被告方において被告、被告の父徳太郎(病身、高齢)及び被告の妹光子(未婚、三六歳)とともに居住し、光子が直接養育の任にあたつていること、その住居は市場の中に所在し、幼児の居住環境としては十分なものとはいえないが、被告の営む前記食料品及び生花販売業によつて一家の生計は支障なく維持され、愛子の栄養状態等も格別心配すべきものはないこと、他方原告も愛子を引き取つて養育することを切望しており、原告は国家公務員(○○署勤務)として一ヶ月四万四、三〇〇円の俸給及び年間約一〇万円の諸手当を得ており、愛子を扶養することにつき経済的な問題はないこと、原告自身は昼間は勤務しなければならないが、原告の兄である鈴木良夫(○○署勤務)が原告の勤務先の近くに居住しており、同人の妻(同人らの子は五歳の女児一人)が愛子の世話をする意向を有していること」の双方の各実情が認定されたうえ、「以上のように、単に経済的事情及び居住環境からみた場合、愛子を原被告いずれのもとで養育するのが同人の幸福につながるものであるか容易に決しがたいものがあるが、前認定の離婚事由及び家族関係に鑑み、原告を親権者として、同人に愛子を監護養育させるのが相当である」と判断されたこと

(4)、事件本人は、上記判決確定後も引き続き申立人方で、申立人とその父、妹との間で養育され、申立人の妹が母親代りの世話を続けているが、この間、相手方は、申立人から事件本人を引き取るため、昭和四五年八月一〇日当裁判所に子の引渡の審判の申立をなし、同事件は直ちに調停に付され、当庁昭和四五年(家イ)第二一七号子の引渡調停事件として係属し、他方申立人は、事件本人の親権者を相手方から申立人に変更するため、同月一七日親権者の変更の調停の申立をなし、これが当庁同年(家イ)第二一九号親権者の変更調停事件として係属し、両事件において、同年八月二五日から同四六年二月九日までの間平行して前後六回の調停期日を重ねて、事件本人に対する申立人と相手方との間の親権ないし監護権をめぐる争いにつき調整が図られたけれども、双方は、前記1に掲記した内容の主張をして譲らず、同年二月九日右両調停事件は不成立となつた(右両事件のうち、前者は、その後後記訴訟の結果をみて取下げられ、後者は、本件審判手続に移行した。)。相手方は、さらに申立人を被告として、青森地方裁判所昭和四五年(タ)第二七号幼児引渡請求訴訟を提起して、同四六年五月三一日「被告は、原告に対し鈴木愛子(本件事件本人)を引渡せ。」との趣旨の判決を得、同年六月一八日確定した右判決にもとづき、事件本人引渡の強制執行に入つたけれども、事件本人が申立人のもとを離れず、申立人も事件本人を離さなかつたため、右執行は不能に終つたこと

(5)、申立人は、本件調停、審判の各手続の場においても、上記相手方との結婚当時における夜間外出について、首肯できる説明をしない(なお、右夜間外出の行動は、現在すでにみられない)けれども、上記市場での生花、食料品の販売に専念して事件本人を含む四人家族の生活を維持するのに不自由のない収入を得、妹光子におけると同様、今後結婚する意思がなく、家族一同で事件本人をいつくしみ、その成長を楽しみにして生活していること、申立人の父徳太郎は、同四三年六月肺結核症と診断されて加療中であるが、同四五年一一月現在赤沈もあまり進行せず、喀痰中の結校菌も陰性であること、他方、相手方は、その後引き続き青森○○署に勤務し、同四六年九月現在月額六万二、〇〇〇円の給料を得るとともに、兄鈴木良夫が同四三年六月青森市大字○○字○○に新築した家屋(一階三間、二階二間)の二階一間を借り受け、事件本人を引き取つた暁には、同所で母娘二人の生活をする準備を整え、その日の到来を切望していること、相手方は身体状況に異常なく、今後とも上記職場で働く意向であるところ、右良夫の妻友子は、同四五年次女を出産したけれども、昼間相手方不在時における事件本人の世話をすることについては、十分の熱意を持つていること

また、事件本人は、現在○○保育園に通園し、良好な発育状況を示しているが、その出生時母親である相手方が病弱であり、その後母親と別居して、申立人の妹光子の手によつて育てられ、相手方と接する機会がほとんどなかつたため、相手方に対して、肉親としての親近感を皆無に近い状態で持つていないこと

以上の各事実が上記判決指摘の事項のその後の事情として認められること

以上の各事実に徴すると、申立人、相手方の双方は、扶養能力、居住環境等事件本人を引取り養育するうえにおける客観的能力において、いずれも十全とはいえないまでも、その健全な発育に重大な支障を来たすような欠陥があるとは認められない。もつとも、相手方が申立人と別居のすえ離婚するまでに至つた原因である前判示の申立人の不審の挙動について、これが申立人の性格に根ざすものであれば、申立人の性格は、問題の多いものと推測され、そしてそのような性格を有する者が幼少の者を養育するとすれば、これに少なからぬ悪影響を与えるものと憂慮されるところであるけれども、前判示のとおり、申立人は、現段階においても右不審の挙動について一般人が納得できる説明をしないとはいえ、現在かかる挙動は見られないうえ、右挙動がみられた当時においても、相手方が、申立人に右不審の挙動があることを除いて、他に申立人の性格、行状に不満を抱いたことはなく、また申立人が同業者、顧客、その他、周囲の者から尋常の商人と異なる変奇の人物とみられている何らの形跡もないことよりすれば、右不審の挙動がみられたことのゆえをもつて申立人が問題の多い偏奇な性格を有する者ということはできないであろう。

つぎに、申立人、相手方およびそれぞれの周囲の者が事件本人に対し、深い愛情とその養育について十分な熱意を有していることも明らかである。ただ、前判示のとおり、事件本人がその出生以来現在に至るまで申立人のもとで申立人の妹光子の母親代わりの世話によつて成長し、相手方と接することが殆んどなかつたため、相手方に対し肉親としての感情を持つていない点は、本件において無視しがたい事情であり、相手方と事件本人の母娘としての関係を考えるとき、幼い事件本人の仕合せと内面的な成長のうえから、極めて不幸な事態といわなければならない。本件の処理にあたり、これが調停事件として係属していた段階においてはもとより、審判事件に移行してから後の段階においても、申立人と相手方双方に対し、絶えずこの点の指摘がなされ、相手方と事件本人との間に母と子の間の自然な感情が育つようにするため、相手方に対しては、できるかぎりの機会を作つて事件本人に接するように努めること、申立人に対してはそのための配慮をなすことを大筋とする指導が行なわれたのであるが、相手方が事態の早期改善を求めて性急な態度に出たことと申立人の積極的な協力が得られなかつたことによつて所期の効果を収めることはできなかつた。のみならず相手方は、面接した事件本人が親近感を示さなかつたことに対し、事件本人を否定する激しい反発的感情を示すことさえあつたのである。もちろん、このことは、相手方が心を傾注している事件本人から期待どおりの反応を得られなかつたことから受けた大きい打撃のあまり、冷静さを失なつたことによる一時的な感情の興奮状態とみるのが相当であるけれども、他方、同時にこのことは、相手方と事件本人との間の自然な母子間の感情の欠如が単に事件本人の内のものであるだけでなく、相手方の内においてもかなり深刻なものであることを示しているものといわなければならない。

そして、前記離婚判決により事件本人の親権者および監護者が相手方に定められているにもかかわらず、事件本人を相手方に引き渡すことをかたくなに拒み続けてきた申立人の態度は、必ずしも是認できるものとはいえないけれども、以上のとおり、事件本人が出生時以来ほとんど相手方の世話を受けることなく、引き続き申立人のもとで順調に成育してきたことと事件本人が相手方のもとに引き取られたときに予想される生活環境の急激な変化が事件本人に与える悪影響に加えて、現在に至るまで事件本人と相手方との間に自然な母子の情愛が育つものと期待できる徴候すら見出しがたい事情にあることに徴すると、申立人の前記の態度を一概に否定的に評価することは、相当でないと考えられる。

以上の次第によつて、むしろ、この際、事件本人の親権者と監護者は、前判示の現状に即応して、相手方から申立人に変更して、これが離反していることに由来する様々な紛争の原因を除去し、物ごころがつく年齢にはほど遠い事件本人の生活環境の安定化を図ることが、事件本人の福祉の向上に資するものと考えられる(なお、申立人は、「相手方が愛子に会いに来ることを拒むつもりはないし、愛子が大きくなつて自分の意思で母親である相手方のところに行きたいというのであれば、別に反対するつもりはない。」との考えを持つていることが認められ(申立人に対する審問の結果)、相手方にとつて今後とも事件本人との関係の改善を図る途が封じられているわけではなく、またこのことが事件本人の幸福のためにも望ましい事情として積極的に評価しなければならない。)。

よつて、申立人の本件申立を相当と認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 井上清)

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